宮内後さん

様々な専門職スタッフが、力を合わせて1人の患者さんに関わる。その結果、奇跡も起きる。それが、回復期リハビリテーションの醍醐味ですね。(理学療法士E.M)

●時代の流れや医療の展開。
「このままで大丈夫なのだろうか」という不安で、いっぱいでした。

今までのキャリアの中では、外来リハ(スポーツリハ)に関わっている期間が長かったんです。その為、高齢者に対しての対応能力、そこに不安がありました。

また、外来ということもあり、術後の対応や脳血管疾患の対応などにも不安があり、この先の医療分野の展開に自分がついていけるかどうか。それについても不安がありましたね。

●決め手は、回復期リハビリテーション病棟の存在。
「仕事の幅が広がる。」そう確信出来ました。

そんな折に出逢った水永病院ですが、決め手は、「回復期リハビリテーション病棟で働けるという条件」でした。

回復期リハビリテーションは、現在の医療分野、特にリハビリテーション分野の中で中心的位置になりつつあるからです。
また、老健や特養など、介護分野での入所施設が併設してあることも、今後の仕事の幅が広げていけると思いました。

●立場の違う専門職スタッフが、1人の患者さんに真剣に関わる。
そこで起こった奇跡を、私はこの目で、見ました。

就職後、回復期リハビリテーション病棟の醍醐味を、強く感じた出来事があります。頭部外傷の若い患者様を担当させて頂いたときのことです。

入院当初はほぼ寝たきりの状態でしたが、なんと、退院時には独歩で帰って行かれたのです。その姿を見たとき、「水永に就職して、本当によかった」と、本当に強く感じましたね。

リハビリスタッフだけでなく、
日中の介護スタッフのこまめな対応。
体調に合わせた細やかな看護スタッフの対応。
状況に合わせて随時変更される投薬を管理している医師。

様々なスタッフが、患者様の為に専門職として関わる。

その姿勢の結果、奇跡が起きたわけです。

当初の予想を大きく上回る状態で退院されたその姿をみたとき、回復期リハビリテーション病棟の醍醐味を本当に、感じました。

池田

患者さんの
「これで安心して帰れそうです」の一言が、
みんなが笑顔になる瞬間ですね。(理学療法士T.I)

●自分が関わった患者さんの「その後」は、どうなるのだろう?
いつも、そのようなことを思っていました。

私は、今まで長い間、急性期の病院で仕事をしてきました。急性期の病院では、病気になった患者さんの医療的治療とともに、理学療法も開始されます。まだ病気のために自ら動くことが少ない患者さんを、一日も早く日常生活に復帰できるようにするためです。

しかし、病状が安定すれば、多くの患者さんは、社会復帰のために転院してしまいます。「急性期で自分が携わった患者さんがこの先どのようにして元の生活に戻っていくのだろう?」常々、私はそう考えていたんです。

●「水永病院なら、地域に根ざした
幅広いリハビリの仕事が実現出来る。」そう思いました.

水永病院は、回復期リハビリテーション専門病院です。まさに、これから機能回復段階にある患者さんや、ご家族の方とともに積極的な社会復帰に向けて仕事ができると思いました。

また、関連施設として介護老人保健施設、地域密着型介護老人福祉施設を関連施設での入所・通所サービス・訪問リハビリテーションサービスを有し、地域に根差した幅広いリハビリテーションの仕事に携わることができると考えました。

●毎日が、専門分野に捉われず、活かすカンファレンスの連続。
多職種でのチームコミュニケーションこそ、患者さんに笑顔を
つくることができる。そう思っています。

理学療法士は、日常生活における問題を身体機能障害としてとらえることを得意としています。しかし同じ病名・診断名でも患者さんが困っていることはひとりひとり異なります。

理学療法の場面において身体機能が改善していても実際の生活場面で活かすことが出来ないときもあります。療法士のみの視点ではなくそれぞれ専門性を持った多職種による“診る”“観る”“看る”というそれぞれの立場からの視点が必要になります。

水永病院では、毎日のように患者さんのカンファレンスを行い、それぞれの専門にこだわることなく、いろんな職種の方と笑顔でコミュニケーションをとることができます。

患者さんのケアを考え実践し、患者さんが“こんなことができるようになった”“安心して家に帰れそうです”という声が聞かれた時は、みんなで笑顔になります。

急性期では、もちろん、病気の治療が優先でしたので“チーム分業”が主でしたが、回復期リハビリテーションで患者さんが回復し地域社会復帰を目指すには“チーム協同”が欠かせないと日々感じています。

杉野さん

自分らしく働ける環境があって、仲間がいる。
だから、充実しているんだと思います。(理学療法士Y.S)

●自分の中の「仕事へのこだわり」。
それを満たせる場所を、年が経つにつれ、探していたと思います。

水永病院には、理学療法士8年目で中途採用となりました。

思えば、年数が経つにつれ、

「より自分らしく働きたい」
「チームアプローチで協力して患者さんと関わりたい」
「自分の知識・技術を高めたい」

という思いが強くなり過ぎて、自分の中でジレンマを抱えていたように思います。そんなジレンマを抱えていたときですね。水永病院との出逢いがあったのは。

●「ここなら自分らしく働ける。」
気づいたら、そう確信していました。

まず、病院全体の雰囲気が明るく、スタッフ同士もとても楽しそうにされていたのが、とても印象的でした。

それに、見学の際、とても丁寧に説明を聞かせて頂いただけでなく、実際にスタッフの方と話をさせてもらう機会もありました。

それで思ったんです。

「ここなら自分らしく働いて、目標を目指すことが出来るんじゃないか」って。

そう思っていた頃には、水永病院に決めていました。

今では、介護予防事業やリーダー業務等に携わることができ、自分の成長を実感することが出来ていますので、充実していると言えますね。

それに、院内リハ勉強会(実技有り)や、日常の臨床の場面でも、和気あいあいとお互いを高め合えるスタッフと出会えたこと。

特に、これは何ものにも代え難い財産ですし、おかげで、“自分らしく働けている”実感を感じられますね。本当に、楽しいですね。

長谷川さん

働く人の距離が近い。
“相談出来る環境”は、やはり働きやすいですよね。
(言語聴覚士Y.H)

●当時を振り返ると「誰にも相談出来なかった」ことが
一度仕事を離れたきっかけだったと思います。

私は言語聴覚士の仕事を始めてから10年になります。

一度、仕事を離れていた時期がありました。5年目で、小児の施設 から成人の病院へ就職したときのことです。ある認知症の方を担当 させていただき訓練をしていましたが、あるとき、このようなこと を言われたんです。

「あんたと話していると不幸になる」

今思い出しても、とてもショックでしたね。ですが、この頃は仕事 を変わったばかりで相談出来る上司もおらず、1人で悩んでおり、 結局、言語聴覚士の仕事を辞める決断をしました。

●やっばり、相談出来る人、環境があるのがいい。
上の方との距離が近いのも、とてもいいですね。

それから私は、新しい環境で仕事をしたいと考えていました。

私はそれまで、小児施設、病院と仕事をしてきましたが、老人保健 施設での仕事をしたことがありませんでした。そんな中、就職先を 探していたとき、偶然、水永病院が目に飛び込んできたのです。水 永病院は、病院、老人保健施設、特別養護老人ホームを併設してい たため、就職を希望しました。

復帰するにあたり、仕事に対するブランクや、相談出来る環境に対 して不安がありました。現場ではホウレンソウ(報告、連絡、相 談)が大事とよく言われますが、情報が上まで上がらなかったり、 降りてこないという経験がよくあったからです。
水永病院では上司だけではなく、主任さんや看護部長さんなど、上 の方と会話や相談ができる機会があるため、現場の意見なども直接 伝える事ができます。

また、病院、老人保健施設、特別養護老人ホームを併設しているた め、リハビリをする上で経過を見て行けることがとてもよいと思い ますね。


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